エストコインとは

2017年の8月末から、ビットコイン関連の話題においてエストコイン(= Estcoin)という言葉を目にする機会が多くなりました。エストコインはエストニア共和国が発行を検討している、ビットコインと同様の技術を用いた仮想通貨です。国家によってビットコインのような仮想通貨を発行する試みは初めてのことで、大きな関心が寄せられています。

今回のコラムではエストニアが独自に発行を検討しているエストコインとは何なのか、発行されることでどのような影響が考えられるのか解説します。

エストコインとは

2017年8月末、北欧のエストニア共和国はビットコインの技術を応用した独自の仮想通貨の発行を検討していると発表しました。この独自の仮想通貨を指してエストコインと呼びます。エストコインはまだ発行されておらず、より正確にはエストコインを公開して資金調達を行う ICO (Initial Coin Offering) をエストニアが計画している、という段階です。 ICO の提案が支持を集めれば、次の段階としてエストコインの仕様書であるホワイトペーパーの発行が予定されています。既に政府によって公式サイトが開設されており、「国家による世界初の ICO 立ち上げの提案」というキャッチコピーが付いています。また、エストニアは世界中の人々に対し、ソーシャルメディアにおいて「#estcoin」や「#eResidency」のようなハッシュタグを使用して様々な意見を寄せるよう求めています。また、エストコイン発行の計画には有名な仮想通貨であるイーサリアムの設立者も協力し、助言を行っています。以上のように、エストコインの ICO 実現に向けてエストニアは積極的に行動し、また着実に計画を立てています。

国家によるビットコインのような仮想通貨の発行が具体的に発表されたのはエストコインが初めてのことで、世界中から大きな関心が寄せられました。エストコインの計画が発表された直後に欧州中央銀行の総裁がエストニアに対して警告したことからも、インパクトの大きさがうかがえます。欧州中央銀行の総裁は「ユーロ圏の通貨はユーロのみであり、欧州連合の加盟国は独自通貨を発行できない」と公式に警告する声明を発表しました。エストニアは欧州連合の一員であり、2011年から国内通貨をユーロに切り替えたため、経済的にもユーロ圏に属しています。欧州中央銀行としては、エストニアが仮想通貨を発行することはユーロの存在意義を揺るがすものであると考えての声明であったようです。

なぜエストコインを発行したのか

欧州中央銀行からけん制されているにもかかわらず、エストニアはエストコインの発行に向けて積極的です。その理由には、エストニアが置かれている状況が関係します。エストニア共和国は北欧のバルト小国である、としばしば紹介されます。実際にエストニアの国土面積は九州の1.23倍程度、人口は約130万人と、諸外国に比べると小さな国です。

エストニアでは、様々な公共サービスを電子化しています。2007年にはインターネットによる投票を世界で初めて実施しました。電子化されたエストニアの公共サービスの中では、特に E-Residency と呼ばれる電子居住権制度が有名です。 E-Residency を経由すると外国人でもインターネットを通じてエストニアの公共サービスを利用することができます。ヨーロッパの多くのIT企業が E-Residency 制度を利用してエストニアに現地法人を設立しています。世界中で利用されている Skype が生まれたのもエストニアです。エストニアは既に、ビットコインにおいて使用されているブロックチェーン技術を応用し、医療データの記録や管理、婚姻や出生といった住民の記録や管理を行っています。

エストニアは1991年に旧ソビエト連邦から独立しましたが、2014年まで大国であるロシアとの国境問題を抱えていました。地理的に厳しい状況に置かれているエストニアが国外の外国人に対しても電子居住権を積極的に提供しているのは、自国に友好的な人を増やし、大国のロシアが小国のエストニアに対して敵対的な行動を取りづらい状況を作ることも目的にあるようです。エストコインの発行も、経済的なメリットを獲得することの他に、こうした事情を解消することも視野に入れていると考えられます。

国家による仮想通貨の発行

ビットコインは中央集権的な管理機構を持たない、分散コンピューティングシステムとして提案されました。ビットコインが生まれるきっかけとなった論文「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System (Satoshi Nakamoto, 2009)」においても、ビットコインが分散コンピューティングシステムであることが強調されています。ビットコインを発行しているのは世界各地のマイナー(採掘者)です。また、ビットコインはブロックチェーンという台帳を持っています。ブロックチェーンはビットコインの利用者全員によって検証され、ビットコインの発行や取引が正当かどうか常に確認されています。ブロックチェーンと分散コンピューティングシステムはビットコインの中核を担う技術であり、ビットコイン取引の透明性と匿名性を両立しています。

上述のようなビットコインの特徴に対し、エストコインはエストニア政府によって発行され、エストコインのブロックチェーンは官民連携(=Public Private Partnership : PPP)によって管理されます。つまり発行の主体が単一であり、管理主体も特定少数である、という点がビットコインと大きく異なります。一般人は E-Residency を経由してエストコインの取引に参加できる予定のようです。エストニアは既にブロックチェーン技術を応用して様々な情報の記録や管理を行っているという実績を持っていることから、エストコインの発行・管理についても自信を持っているようです。

エストコインはエストニアという国家の在り方を変える可能性を秘めています。エストニアは外国人に対して E-Residency による居住権を与えており、国境を超えた公共サービスを展開しています。これらの公共サービスにエストコインを組み込むと、国家が発行した貨幣を用いた経済活動の全てがインターネット上で行われることになります。すなわち、エストコインは本格的な「電子国家」の基盤となる可能性を持っています。エストニアは2014年にロシアとの国境問題を解決しましたが、その内容は互いに領有権を主張していたペツェリ地区についてエストニアが主張を放棄する、というものでした。欧州連合や北大西洋条約機構(NATO)から早期の国境問題解決を迫られたため、エストニアが不利な条件を受け入れたとの見方が強いようです。

エストニアは上述のような背景を持っているため、 E-Residency やエストコインを通じて国外の支持者を積極的に増やそうと試みていると考えられます。極端な話ではありますが、仮にエストニアが国土を失ったとしても、エストコインによる経済活動も含めた国家機能の全てがインターネット上で動くのであれば、エストニアという国家は「電子国家」として存続していると見ることもできるでしょう。従来、国家は国土を持つものとして定義されてきましたが、E-Residencyやエストコインに代表されるエストニアの挑戦は将来、国家の定義自体を見直す動きに繋がるかもしれませ

今回のコラムではエストニアが独自に発行を検討しているエストコインとは何なのか、発行されることでどのような影響が考えられるのか解説しました。エストニアは小さな国ですが、世界有数のIT先進国であり、ブロックチェーン技術を諸外国に先駆けていち早く公共サービスに導入するなど、仮想通貨を導入する下地が整っている国です。

ビットコインは特定の国家や行政機関に縛られないオープンな通貨を目指して発行されました。ここで、ビットコインとエストニアについて共通点が見えてきます。エストニアは強国に支配され続けた歴史を持ち、旧ソビエト連邦からの独立後も諸外国や国際機関からの干渉を受けてきました。国家そのものがビットコインのようにオープンかつ堅牢な仕組みを持つことができるならば、小国であっても独立を維持することができます。これまでエストニアが取り組んできたことは、ビットコインの仕組みや思想に共通する部分が多いのです。

エストコインは現在のところ ICO の検討段階にあり、仕様書に該当するホワイトペーパーもまだ発行されていないため、エストコインの発行がいつ実現されるかは分かりません。ですが、IT技術に関するエストニア政府の行動の素早さや、エストコインに関して建設的な議論を推進する姿勢などを考慮するに、実現の可能性は決して低くも遠もないと見てよいでしょう。エストニアとエストコインについては今後も目を話すことのできない話題となりそうです。

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