ピークエンドの法則とビットコイン取引への応用

行動経済学という比較的新しい学問が存在します。行動経済学は従来の経済学では説明できなかった現象を説明できる経済学として脚光を浴びつつあり、近年ではノーベル経済学賞の受賞者も輩出しています。ピークエンドの法則も行動経済学の研究によって明らかになった、ヒトの記憶と判断に関する法則です。

ここで、ビットコインは実体を持たないために仮想通貨と呼ばれており、ビットコインの価値はビットコインの取引に参加している人々の信頼によってのみ成立しています。ビットコインの相場推移には、ビットコインに対する人々の期待と不安、すなわち心理状態が反映されています。経済学と心理学を融合させた行動経済学の知見は、ビットコインの値動きを説明し予測することに役立つでしょう。今回のコラムではピークエンドの法則をビットコインの取引に応用する可能性について説明します。

ピークエンドの法則とは

ピークエンドの法則とは、あらゆる経験の快苦の記憶はピーク(最も快かった・最も苦しかった)時の記憶と終了(エンド)時の記憶によって決まる、という法則です。具体的な例を、ピークエンドの法則を提唱した研究者たちの一人であるダニエル・カーネマンが行った実験をもとに説明します。

被験者にはふたつの経験が与えられます。ひとつの経験は60秒間痛みを感じる冷水に手を浸す、という経験です。別のひとつは60秒間痛みを感じる冷水に手を浸し、更に先ほどより痛みがいくぶんかマシな冷水に30秒間手を浸す、という経験です。これらふたつを経験させた後、仮にもう一度経験するならふたつのうちどちらか、被験者に尋ねると、多くの被験者が60秒プラス30秒の方を選びました。ここで、合理的に考えるなら苦痛は短い方が良いに決まっています。プラス30秒の間もいくぶんかマシなだけで、痛いことに変わりはありません。この不合理な選択はピーク時の経験、すなわち冷水に手を浸す痛みがピークに達する60秒経過時点の経験と、最後の経験、すなわち痛みいくぶんかマシだった冷水に手を浸し終えた経験、このふたつのみを参照したためであり、苦痛が続いた時間は考慮に入れられていない、ということになります。

上述の例はピークエンドの法則を明らかにするために単純化した心理実験ですが、様々な経験においてピークエンドの法則が当てはまることが示されています。ピークエンドの法則はマーケティングや投資といった様々な分野に応用されています。ビットコイン取引においても、個人のビットコイン取引戦略の見直しや、ビットコイン市場全体の予測に役立つものと考えられます。

ビットコインとピークエンドの法則:個人編

ビットコインとピークエンドの法則について、ピンポイントかつ定量的に分析した報告は現在のところ存在しません。ですが様々な経験においてピークエンドの法則が当てはまることを考慮すると、ビットコインの取引だけは例外である、と考えるよりは、ビットコインの取引においてもピークエンドの法則が働いている、と考えた方が自然でしょう。

例えば、この記事を読んでいるあなたがビットコインの取引を行う際、ピークエンドの法則に陥っていないか振り返ってみましょう。ビットコインの取引を始めてから現在に至る期間のうち、無意識的にビットコインを保有していた間の「最高値」や「最安値」と、直近の値動きだけを想定して売買の判断をしていないでしょうか?あるいはビットコインについて調べていくうちに知った「暴騰」や「暴落」の記録と、直近の値動きだけを想定して売買の判断をしていないでしょうか?

上記のような例に思い当たる節がある方は、おそらくピークエンドの法則に陥っています。ピークと直近以外の場面、中長期の平均やビットコイン特有の半減期といった現象にも着目することで、多面的な観点から合理的に売買の判断を下せるようになるでしょう。

ビットコインとピークエンドの法則:市場予測編

ピークエンドの法則は大勢の人において共通する一般的な法則です。すなわちビットコイン市場に参加している大勢の参加者もピークエンドの法則に従って行動している可能性が高い、ということです。投資対象としてビットコイン取引を始める人はまず様々な情報を探し回り、ビットコインの仕組みや相場の推移について調べるでしょう。それはあなただけではなく、他の誰かも同様に行っている、ということが重要なポイントになります。

ビットコインについて情報を収集していると必ず目にするのが、暴騰や暴落の記録とその原因です。例えば2013年3月にはビットコインの相場が暴騰しました。原因はキプロス危機により多額の資金がビットコインへ流入したためです。他方、2013年12月にはビットコインの相場が暴落しました。中国当局がビットコインの取引を禁止したためです。暴騰の記録としては他に、2013年終盤に中国の富裕層がビットコイン取引へ参加したこと、2016年5月に日本で仮想通貨法が可決したこと等が挙げられます。一方、暴落の記録としては2014年2月のマウントゴックス閉鎖、2016年8月のビットフィネックスハッキング事件等が残されています。

ビットコインの歴史はまだ短いものです。ビットコイン市場への参加者は上記のような記録のうち、もっとも印象的な出来事をピークの記憶として持ち、直近の値動きと合わせて売買の判断を下している可能性があります。例えば、ビットコインをなるべく高く売りたい人は暴騰の印象が強い時期と直近の値動きを見て売りに出すことを決めるでしょう。逆にビットコインをなるべく損をしないように売りたい人は暴落の印象が強い時期と直近の値動きを見て売りに出すことを決めるでしょう。

ビットコインに限らず、あらゆる市場の未来を完全に予測することは不可能です。しかし、ヒトの直感的な価値判断がピークエンドの法則に従うことを考慮すると、ビットコイン市場全体の雰囲気として利益を求めているか、損を嫌っているか、ということを見極め、どんな記憶をピークとして持っているか勘案すると、ビットコイン市場の未来を推測するための一助となるでしょう。


今回のコラムではピークエンドの法則とビットコインの関係について解説しました。ピークエンドの法則とはヒトの快苦の記憶はおおむねピーク時の記憶と終了時の記憶のみによって決まるという法則です。儲けた、損した、という記憶もまた、快と苦の記憶に該当します。したがって、ビットコイン取引においても誰もがピークエンドの法則に従って行動している可能性が高い、ということを考慮すると、今までビットコイン取引において判断材料としていなかった要素の重要性に気づくことができるでしょう。

従来の経済学においては暗黙の了解として、市場への参加者は常に合理的な行動・選択を行う、という前提がありました。行動経済学はこれを覆し、市場への参加者が常に合理的な行動・選択をするわけではなく、(残念なことに)むしろ常に不合理な行動・選択をしている、ということを実験結果に基づいて示しています。ダニエル・カーネマンはバーノン・スミスと共に「行動経済学と実験経済学という新研究分野の開拓への貢献」という功績に基づき2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。また2017年に同じく行動経済学の権威であるリチャード・セイラーがノーベル経済学賞を受賞したことは記憶に新しいニュースです。

ビットコインを投資対象として見る場合、ビットコイン市場への参加者たちは(この記事を読んでいるあなたも含めて)実のところ不合理な選択をしている可能性が高いのです。ピークエンドの法則をはじめとした行動経済学の知識を学び、合理的な判断を下すことができるよう、価値判断の基準を再定義してはいかがでしょうか。このコラムが見直しのきっかけとなれば幸いです。

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